第887話 謎の「倭の五王」

      2024/03/03  

~麦の伝來研究のために~

   今日の江戸(旧寺方)蕎麦研究会では、伊藤汎先生(麺類史研究所 所長)のお話をうかがった。
 先生の話の筋は、日本に麦が入ってきたのは『宋書』のいう「倭の五王」の時代であるというものである。
 だから、その前に「蕎麦談義」第881話われわれは何処から来たか」では古墳時代の謎解きの大事さを述べた次第である。
第881話 われわれは何処から来たか - ほしひかるの蕎麦談義 - フードボイス (fv1.jp)

 引続いて今回の「談義」第887話では、「倭の五王」の謎解きの一部をご紹介する。
 ここで留意しなければならないことがある。
 ❶倭の五王が日本のどの天皇にあたるのかは、まだ特定されていない。
  また最初の倭王讃は誰か?が、五王の謎解きの第一歩である。
 ❷伝えられている日本の天皇がすべて実在していたのかどうかは定かでない。
  『記紀』関係者は、何のために架空の天皇を設けたのか?も疑問である。
 ❸天皇名は現在、漢風諡号が使われているが、『記紀』は倭風諡号である。
  伊藤先生は倭風名は気にしないということであったが、ここでは( )内に併記した。
  また倭風名は『古事記』と『日本書紀』とでは違っている。
  ここでは『日本書紀』式をとった。
 ➍また天皇称号はおそらく天武天皇前後からとみて、和風では大王とした。
 ❺一般では、神功皇后、応神天皇は実在しない?とされているが、伊藤説は実在したとしている。
 ❻一般では、仁徳天皇は実在した?とされてするが、伊藤説はしなかったとしている。
 ❼伊藤先生は、仲哀天皇から始めているが、倭風から見ると「」「」とは何か?という疑問にぶつかる。そのためにここでは景行から記載し
  た。
 ❽先生は、飛鳥時代の推古天皇まで取り上げられているが、私は継体天皇以降は史実とみているから、ここでは割愛した。

 そのうえでの、伊藤説による在位年は下記の通りである。
 また伊藤説の倭の五王は応神・反正・允恭・安康・雄略である。

 12代 景行天皇(大足彦忍代別大王)
 13代 成務天皇(稚足彦大王)

 14代 仲哀天皇(足仲彦大王)
    在位 312年~320年 神功皇后夫君
    神功皇后(気長足姫尊)摂政
    在位 321年~389年
 5代 応神天皇(誉田(別)大王)
   在位 390年~430年 父仲哀・母神功皇后
   宇佐八幡神社祭神
   倭王 讃
 16代 仁徳天皇(大鷦鷯大王)
 17代 履中天皇(去来穂別大王)
    在位 431年~436年 応神の皇太子菟道稚郎子
 18代 反正天皇(端歯別大王)
   在位 437年~441年 菟道稚郎子の弟大山守命 
   倭王 珍
 19代 允恭天皇(雄朝津間稚子宿禰大王)
    在位 443年~462年 
    倭王 済
 20代 安康天皇(穴穂大王)
    在位 462年~478年 
    倭王 興
 21代 雄略天皇(大泊瀬幼武大王)
    在位 478年~510年 
    倭王 武
 22代 清寧天皇(白髭武広国押稚倭根子大王)
    在位 511年~515年 雄略天皇の第三皇子
 23代 顕宗天皇(弘計大王)
   在位 516年~518年 履中天皇孫 
 24代 任賢天皇(億計大王)
    在位 519年~529年
 25代 武烈天皇(小泊瀬稚鷦鷯大王)
    在位 529年~537年 

 以上はあくまで、麦伝来研究に伴う時代背景としての「古墳時代とは何かの一部である。
 次回はまた別の視点から触れてみたい。

 追記:講義後、大門更科にて新年会開催。

江戸ソバリエ協会理事長
農水省 和食文化継承リーダー
ほし☆ひかる