第897話 更科蕎麦と江戸野菜を味わう春の会
和食は季節を大事にするということから「四季の会」にしているが、最近はその四季が狂ってきているから困ってしまう。
会の開催は、事前打合わせから始める。まずは大竹先生と果菜里屋さんに季節の野菜を選択してもらって、それをもとに林先生がレシピを考案される。そのうえで林先生と河合部長が試作されるが、その間に料理名を整える。ただそのときは試食していないから、食感からではなく語感から考えてみるが、なかなかうまくいかない。ただ今回は幸いにも「サラダ=記念日」、「ぼうろ=ハイカラ」という言葉が降りてきた。
「サラダ=記念日」は歌人・俵万智さんの『サラダ記念日』からだ。本来は「サラダ」と「記念日」は異質の言葉だけど、それを結びつけて一つの言葉にしたところが新鮮だった。そう思ってあらためて書店に並んでいる書籍名を見てみると、ベストセラーになった書籍は名前からして独創的である。『源氏物語』の、源氏は元は守護兵にしかすぎなかった。それが貴族の一隅に列する氏族にまで出世した。そんな氏名を雅な物語の題名にしたところに新しさがあった。『源氏物語』は藤原道長がモデルという説もあるが、だからといって『藤原物語』ではそのころは当たり前すぎて面白味がないと考えたかどうか、紫式部に尋ねてみたいところである。グンと下って『吾輩ハ猫デアル』もそうである。たかが猫に人間様のように「吾輩」と言わせ、世間の虚を突いた。等々例を上げればキリがない。
「ぼうろ=ハイカラ」の方は、故郷佐賀の老舗和菓子屋が「大隈重信侯が愛したハイカラ南蛮菓子 丸房露」と歌っていたところから思いついた。
佐賀の言い伝えはこうである。昔、城下町に横尾という人がいた。横尾というのは佐賀に多い名前であるが、彼は長崎の南蛮船の船員からボールのような焼菓子の作り方を教わった。この後、横尾の長男は長崎でカステラ屋になり、弟は佐賀で丸房露屋になった。「兄弟」というところができすぎた話であるが、実際にカステラと丸房露の材料は同じだから兄弟のようなものだ。カステラは鶏卵・砂糖・小麦粉・水飴、丸房露は小麦粉・砂糖・鶏卵の順で量がちがうだけ。またカステラはしっとり、ふんわりとなるように焼くが、丸房露は少し熱を高くして硬めに焼く。その後は互いに道がちがってきてカステラは洋風に、丸房露は和風に洗練されいった、ということになっている。そして蕎麦ぼうろは、蕎麦で丸房露流に作るわけである。
さて、今日のお楽しみの御献立は次のようになっているが、ソバリエとしては、やはり蕎麦が気になる。
一、蔓菜とサーモンのサラダ記念日
一、焼天魚 奥多摩山葵漬の田楽仕立て
〔天魚は鮎とともに初夏の渓流の魚として知られているが、これまであまりお目にかかることがなかった。ところが過日、更科堀井日本橋店でいただく機会があって美味しかった。なので今日を楽しみにしていたところやっぱり美味しくて好きな魚の一つになった。いえば今日は天魚記念日だ。〕
一、川口豌豆と鴨つくねの 更科蕎麦フォー仕立て
〔フォーは米線だから、黒っぽいいなか蕎麦だと似合わない。白い更科蕎麦ならではの楽しみである。ちなみに麺と漢字の先進国中国では、字にもこだわっていて、小麦や蕎麦など他の穀物製メンは「麺」というが、米製メンだけは「線」という。それが朝鮮半島と日本列島に伝わると、すべてつるつる物を「麺」というようになった。〕
一、芯取り菜のアグー豚巻き天麩羅
一、牛肉と城南小松菜 檜原蒟蒻のすき焼仕立て
〔江戸野菜研究家の大竹先生によると、城南小松菜が本来の小松菜だとのこと、それだけあって城南小松菜は確かに美味しい。そして料理研究家の林先生によれば在来蒟蒻こそが本来の蒟蒻であり、汁の味をよく吸収するという。だから塩加減が要注意なのかもしれない。〕
一、明日葉の翡翠つゆと もり蕎麦
〔翡翠というから緑色、皐月の蕎麦として季節感がいい。〕
一、ハイカラ蕎麦ぼうろ
以上の御献立を皆さん今宵も楽しまれたであろうか。
これからもお客様よし、蕎麦屋よし、生産者よしの三方よしで続けていきたい。
江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる