第912話 更科堀井 美食倶楽部

      2024/08/09  

 令和6年8月、第27回更科堀井の会の夏の会が催された。
 夏の日の晩餐会の御献立は次の通り。

 一、大摩桜の湯引き生山葵ソース  
 一、檸檬切 おいねのつる芋ビシソワーズ
 一、寺島茄子の蕎麦掻の蒲焼き
 一、鮎焼き 蓼餡添え
 一、穴子と蔓菜の柳川太打ち
 一、果物時計草の蜜掛け更科蕨餅

 大摩桜、ダイマオウとよむ。
 のっけから本日の主役になりそうな登場ぶりである。
 知覧産の鶏であるという。頂いた紹介文には「さつま極鶏」とあり、肥育期間を通常の3倍かけ、ゆっくりとうま味を蓄えながら最大10㎏まで成長するとある。だから「極」だろうが、この言葉は歌舞伎の演目『極付幡随長兵衛』などで見られるから、やっぱり大した役者の登板である。  
 肉や油脂物は温かい方が美味しい。だから監修の林先生は湯引きにしてくれたから、触味が優しい。ソースに和えてある生山葵も少量だから食べやすかった。
 (この説明書を先に見せてもらっていたら、料理名を《極付大摩桜の湯引き生山葵ソース》にしただろう。)

檸檬切》。更科堀井らしい《変わり蕎麦》においねのつる芋のビシソワーズ。
 それにしても「レモン」というのはスゴイといつも思う。日本は古来より柑橘類の多い国である。それなのに明治になってレモンが入ってくると、たちまち国民的食材の一つになった。
 レモネード、レモンスカッシュ、紅茶など飲み物はキリがない。豚カツ,牡蠣フライなどの揚げ物には必ずレモンを絞るし、最近は天麩羅の天つゆに代わって、塩∔レモン汁が多くなってきた。
 そして《檸檬切》も蕎麦好きに好まれる蕎麦の一つである。
 このように好まれる理由のひとつに「レモン」という三文字で、ンが付いた名詞は語感がいいということもあるだろう。だから日本人に受け入れられ「lemon」に「檸檬」という日本字も与えられた。

 蕎麦掻の蒲焼き。なるほどと思う。蕎麦掻と返しで蒲焼きになる。精進料理の擬きのようだと感心する。

 鮎焼き 蓼餡添え。これには驚いた。大量の蓼餡である。
 日本人はもともと薬味を大量に使わない。だから普通は鮎蓼も少量である。
 激辛と称して唐辛子を大量に使用するようになったのは韓流ブームが起きた最近から。しかしブームの力は大きく、現在はキムチが漬物のなかの売上一位を確保している。
 それはさておき、林先生によると「蓼食う虫も好き好き」という諺を理解するには、「蓼が辛いということを分って」とおっしゃる。
 人さまと意見が合わなときは、辛い植物を好んで食べる「蓼虫」がいるように、人の好みはそれぞれと思ってほしいということだろうか。これぞまさしく食育!

 穴子と蔓菜の柳川太打ち。つゆが美味しかった。更科のつゆに柳川の牛蒡のあま味が合つていた。
 蕎麦好きは細切りと太切り、涼性と温性の蕎麦など、両方でると嬉しい。贅沢かもしれないが、これが好き者の骨頂。

 果物時計草、パッションフルーツの和名である。花は華やかであるが、果実は地味。でも、このとろ味、はまるかもしれないという予感がする。『蓼食う虫』の著者谷崎潤一郎の、あの『美食倶楽部』の世界のような妖しい触感に・・・。

 さて、夏の会の締めの時間がきた、今の幸せな時間を惜しみながら、次回秋の会でまた会うまでと祈りを込めて、この「果物計草」を最後に〆ようか。

 林幸子先生、更科堀井・河合孝義部長様、
 27回目の麻布十番晩餐会、ごちそうさまでした。

江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる