第306話 緊急事態

     

【☆ほし絵

~ 池袋演劇祭から ~

☆池袋演劇祭
豊島区では9月に「池袋演劇祭」が催されている。今年は第27回目に当たり、池袋・大塚界隈にある17の劇場で51の公演がある。
いずこも満席、ほとんどが女性客、かつ若い人だ。
この演劇祭には公募の審査員がいて、彼らの審査で優秀賞などが決定される。
観劇についての私の経歴はといえば、知人の演出家が手掛けた舞台『蕎麦切』の相談にのったり、N.Y.ブロードウェイで『ライオンキング』を観たていどでほとんどゼロにちかい。
それが豊島区で蕎麦講座をもっているご縁から、ある方に審査員をすすめられ、その詳細を聞いてさらに関心をもって、審査員になってみた。
審査の詳細というのは、こうだ。
51の公演のうち、4つ以上を観劇し、「脚本・演出・演技・舞台美術・照明・音楽音響・その他」を加点・減点方式で評価し、後にレポートを書くことになっているのだ。
この方式、江戸ソバリエの方ならピンとくるだろう。似たような方式だ。
私も違う分野で評価レポートを書いてみようと思って、応募した。
ちなみに、こちらのレポートの締切日は今期の江戸ソバリエ認定講座のレポートと偶然同じ日だったが、これは関係ないか。

私が観たものは以下の5つの公演だ。
① 作:寺山修司、演出:藤田俊太郎、美術:宇野亜喜良、音楽:笠松泰洋、公演:ProjectNyx『人魚姫』
② 作・演出:伊達謙一、公演:劇団 SHOW特急『真田十勇伝』
③ 作・演出:権俵冴造/権俵品吉、公演:劇団だっしゅ『DISASTER~愛しきあなたへ』
④ 脚本・演出:佐東丞、公演:劇団ゴールデンタイム!『チェルシー』
⑤ 作:飯田ゆかり、演出:高橋亮、公演:Outside『今日はこのくらい』

その内容評価については、結果が決定するまで詳細情報を発信してはいけないことになっているので、ここではふれない。
ただ、①の「人魚姫」は楽しめた。映画の『ゴースト』や『ニューヨーク冬物語』などを観たときもそう思ったが、愛の叙事詩を描くにはファンタジーの世界こそふさわしい。
というわけで、この拙文の挿絵も昔描いた人魚にしてみた。こうしてみると、私のメルヘン度もまんざらではないナと自画自賛している。

☆緊急事態
そんなわけで、ここでは演劇の内容ではなく、「劇場からのお願い」について、その内容と方法に時の流れというものを痛感したのでご紹介したい。

方法というのは、こうだ。昔はスピーカーから「お願い」が単調に流れていたものだが、今は「お笑い」方式でやってくれる。
凸凹コンビが飛び出してきて始まるのであるが、なかにはヌイグルミを着ての「お願い」もあるから、爆笑ものである。
内容は、昔から変わらぬ「トイレは今のうちに」や「冷暖房の調節」について。近年になって常識となった「携帯電話は切って」。そして、ひところ必死でアナウンスしていた「禁煙」については、もうわざわざ言うこともないほど禁煙が普通になったから消えている。それから、飲食については「絶対ダメ」的なことが昔は多かったが、熱中症問題が出てから、夏場の飲み物については厳しく言うわけにはいかなくなった。
それから、もっと大きな変化は「緊急事態」である。非常口を具体的に示し、近辺の状況までを、例のツッコミとボケのコンビで面白可笑しく、真面目にやり、おまけにある劇団の「スタッフは全員、常時避難訓練を実施しています」との保証付には感心した。

さあ、他所の話ばかりするわけにはいかない。「貴協会はどうなんだ?」というご指摘もおありだろう。
当協会でも、認定事業開始の当初からテキストに緊急事態への対応について注意事項を記していたものの、これだけでは旧態依然の方法と変わりはないと反省し、昨年から二つの行動を加えた。
一つは、教室を予約する際の当方の心得として、会場を貸してくれる側に対して、必ず避難先についての話題を持出すことにしている。そうすることによって、われわれ自身が深く問題を認識するようになる。
もう一つは、早めにご来場いただくよう受講者の方にお願いしている。そうすることによって、トイレ、非常階段、AED設置場所などを自らの目で確認する余裕をもっていただきたいと考えてのことである。

過日、あるシンポジウムの開催中に、地震でビルが大きく揺れたことがあった。そのとき、残念なことに事務局の方は、皆さんと一緒になって慌てておられた。私は、協会の打合会のとき、「われわれは、ああいうみっともない態度に陥らないようにしたい」と報告したものであった。ところがである。その事務局主宰の第2回目のシンポが開催されたとき、シンポ開催前の時間に、スライドで会場近辺の緊急避難先についてなど映されて、説明された。要するに、前回の失敗を反省されたのである。私はなかなか立派だと思った。
また、今月初には江戸ソバリエの仲間が蕎麦交流のために海外へ行かれた。そのときこの一行の団長は、緊急連絡先と日程表を置いていかれた。留守番にとっては、お守りのようにありがたかった。

☆〔日本丸〕〔地球号〕
話は変わるが、数十年前に比べ、住宅環境が一変していることはいうまでもないことだろう。見回しても一戸建住宅は消えつつあり、マンションやビルばかりになっている。そうした中での緊急事態への供えや対応は、もはや自己責任や「私の勝手でしょ」的な考えだけでは済まされなくなってきている。
今やわれわれは〔日本丸〕や〔地球号〕の同じ乗組員として、新たな連携や絆を模索しなければならいことは、多くの人が提起していることである。

この度の観劇でも、同様の声が私に聞こえてきた。
以前まで、私は舞台にあんまり関心がなかった。叫びまくる台詞や大袈裟な身ぶりがわざとらしく思えた。
しかし、この観劇で、実はそうではなかったのだと知った。
あの叫びまくる台詞が何かを訴える熱い声に聞こえた。あの大袈裟な身ぶりが生の躍動として伝わってきた。
劇団員が観客に向かって新たな連携や絆を呼び掛けているように感じた。たぶん多くの人がそれを求めているのではないかとさえ思った。だから今、どの劇場も満席になっているのだろう。

〔第27回池袋演劇祭審査員、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる