第216話 39人の江戸ソバリエ・レディに贈る
~ 江戸蕎麦料理「秋の章」 ~
江戸ソバリエ、ほしひかる、江戸蕎麦、江戸蕎麦学、脳学レポート、舌学ノート、手学、耳学、みんな新しく考えた造語である。
名は体を表すではないけれど、中身に相応しい名前をつけるのは楽しいことだ。
在職のころ私は、広報の仕事をしていたため、ネーミングのノウハウは一応心得ている。一番の常道は温故知新だ。古いものと新しいものを組み合わせれば、安定感と新鮮さが出せる。最も面白くないのが、筋を通すやり方である。たとえば料理名でいえば、「人参とピーマンの天ぷら」といった具合だ。
理屈通りというのは分かりやすいが、狭くなる。逆に、わけの分からないものはロマンを装うことができる。だから、遊び感覚で意外なものをくっつけることもある。たとえばどこかで聞いたことのある言葉に倣って、というのもないではない。ただしこれらは成功か、失敗かの差が大きい。それでも、名付の意味からすれば、ロマンや楽しさに挑戦しなければ価値はない。
というわけで、レディース・セミナーにおける林先生の創作料理にも名前をつけてみようと、「夏の章」から思いついた。
それは先生から夏野菜を使った料理の説明を電話で聞いたときだった。「カルボナーラは夏向きではないけれど・・・」とおっしゃった、その一言で閃いた。ちょうどそのころニューヨークに行く計画をもっていたため、アーウィン・ショウの『夏服を着た女たち』やカポーティの『ティファニーで朝食を』など、ニューヨークを舞台とした小説を読んでいた。だったら、「夏服を着たカルボナーラにしよう」と思った。これは自分でもかなり気に入った。
じゃあ、今度は「秋の章」だ。しかし、今度はなかなか閃かない。
「蕎麦掻をチーズで包んで三河島菜の葉でロールにする・・・」、「三河島菜の茎を掻揚げで・・・」、「滝野川牛蒡はつゆにする・・・」「デザートは牛蒡デタルトを・・・」などと林先生はおっしゃったが、私の拙い頭ではまだその絵が描けなかった。せいぜい「チーズ」という言葉を頼りに「トトロ」とか、「掻揚げ」という言葉を頼りに「ジュッ」というイメージがわいたのが精一杯だった。「ジュッ」というのは神楽坂「かりべ」の天ざるの音だったが、とにかくそれに11月の異称「雪待月」をくっつけて、《雪待月のトトロ》と《雪待月のジュジュ》とやってみた。それから、牛蒡のつゆの方は牛蒡の古名「きたきぬ」をもってきて《きたきぬの露蒸籠》と付けてみた。デザートの牛蒡のタルトは最終章のセミナーであるため、「グッドラック」の意味をこめて《レディーに贈る幸福のタルト》とした。
さて、本番だ。先生の創作料理を口にして、名は体を表していたか? ズバリだったら、自分で自分に拍手、ハズレだったらもう一度考え直す。
一品目は牡蠣と蕎麦掻とチーズだったから、まあ《雪待月のトトロ》でよかったのでは。二品目、これはハズレだった。「ジュジュ」は作るときの音で、食べるときはシャキッとする茎が三河島菜の特徴であることを初めて知った。だから考え直すとしたら、《雪待月のシャッキー》とかになるだろう。三品目もハズレだった。牛蒡のつゆのイメージがわかずに、「露」としてしまったが、実際のものは牛蒡をミキサーにかけた「タレ」だった。だとしたら、《きたきぬの蒸籠》でいいだろう。
最後のデザートはスタッフ一同の願いをこめて《レディに贈る幸福のタルト》でピッタリだ。
《江戸蕎麦+江戸野菜》をテーマにした、レディース・セミナーも今回でシーズンが一回転したので、一旦中締めということになる。
4回のセミナーに参加された方39名の皆さんの幸福を願って、美味しいデザートで締めたいと思ったわけである。
参考:第216話「秋の章」、第213話「知的料理術」、第205話「夏の章」、第190話「春の章」、第176話「冬の章」、
〔江戸蕎麦料理研究会会員、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕