第782話 幻の《雉蕎麦》を味わう
2022/04/10
江戸時代までの日本人は、鳥といえば山鳥、水鳥を食べていた。だから江戸の蕎麦屋で《鴨なん》が生まれたのです、と私はあちこちに書いたり、述べたりしています。 もっともその前の時代から東アジアでは雉が最高の鳥肉だったことも、拙著『新・みんなの蕎麦文化入門』や『蕎麦談義』などで書いてきましたが、それでいて私は、まだ雉を食べたことがなかったのです。
そこで「かわいそうに」と思われたのか、ソバリエの飯高さんと鈴木幹さんと赤尾さんと一ノ瀬さんが、《雉蕎麦》の会に誘ってくれました。
それにしても、飯高さんにはいつも感心します。
対馬鶏のことを書いたら対馬鶏を仕入れて会を開いてくれましたが、今日は《雉蕎麦》を企画してくれました。雉は、赤尾さんが取り寄せてくれた愛媛県鬼北町で飼育された「高麗雉」だそうです。
先ずは、最初に不思議なものが出たので、「これ何?」と尋ねたら「ほしさんが『新・みんなの蕎麦文化入門』の52頁で紹介していたトンチミですよ」と言われて驚き感激したものです。
さて、雉肉は《とうじ》で戴きましたが、これまで食べてきた鳥肉のなかで最高の美味しさだったと言っていいと思います。
ちなみに、これまでの私の肉のベスト2は、
1) 鉄板の上でジュジュと歌っている《ステーキ》、まだ20才代前半のころ六本木で初めて食べました。
2) 艶めかしい《パルマの生ハム》、広尾のイタリアンレストランでした。
それに、
3) 今日の《四国の雉肉》が加わってベスト3になりました。
蕎麦切はといいますと、出汁などの複雑な味が染み込んでいて、ものすごく旨味のある蕎麦切だったのです。
私は蕎麦切は美味しさが二種類あると思っていましたが、複雑な味が染み込んだ蕎麦切という「第三の蕎麦」を初体験したのです。
(1)《ざる蕎麦》= 腰と喉越しと、蕎麦そのものの味と、涼味。
(2)《かけ蕎麦》= 出汁の味と、温味。
(3)《鍋雉蕎麦》= 出汁などの複雑な味が染み込んで蕎麦切と、共食。
つまり、(3)は、(1)でもなく(2)でもない《鍋焼きうどん》みたいなものです。
うどんは大阪万博ごろから蕎麦切に倣って(1)型が増えてきましたが、基本的には(2)型です。《鍋焼きうどん》はその延長線にあるのかもしれません。
ただ、今日の《鍋雉蕎麦》はうどんより細いので、より味が麺に染み込んでいたのです。
「共食」というのは、日本の鍋物でみられます。家族が、友人が、仲間が一つ鍋を囲んでつつき合い、共食わ楽しみます。場には鍋奉行が登場します。欧米ではバーベキューがそれにあたるでしょう。家族が、友人が、仲間が火を囲みます。場には火方、切り分け方の奉行が登場し、共食を楽しみます。
それから、鍋物には二種類があります。それは、イ) 今日の鍋のように複数の具を入れて複雑な味を吸収する鍋物と、ロ) たとえば《湯豆腐》のような単一の食材の鍋物です。これを私は、イ) 囲炉裏型鍋、ロ) 竈型鍋と言っています。
世界でも囲炉裏圏と竈圏があります。だいたい北緯40°より北が囲炉裏圏で、南は竈圏です。日本はシベリア寒気団があるため、北緯35.5°で分かれています。もちろん土地の高低によって多少変わりますが、だいたいそうです。
イ) 北の囲炉裏は暖房も兼ねていますから、終始火があります。
ロ) 南の竈は料理のためにだけ火を使います。ですから両者は料理も違ってきます。
前者は長時間の煮込み物、後者は短時間の煮炊き、湯通し物という具合に。味も複雑な味と単一の味と分かれます。
日本の麺類はもともと京で産声を上げましたから、基本的には煮込まない料理法がとられたのですが、全国へ広まることによって第三の料理が生まれたのでしょう。
〔江戸ソバリエ ほし☆ひかる〕