第797話 覚書:忘れられない食味 (2)

     

☆野生の山独活 
 「北池袋chojuan(江戸ソバリエの店)に集まれ~」とソバリエの北川育子さんから声がかかりました。
  新潟十日町小嶋屋(江戸ソバリエの店)の小林社長さんが、山菜を持って来てくれるというのです。
  集まったのは、お店の飯高さんご夫婦と、言い出しっぺの北川さん、蕎麦屋開店を準備している内藤さん、中心人物の小林社長、それに小生の6名です。
  小林社長がお持ちいただいたのは、郷土蕎麦《へぎ蕎麦》と、野生の山独活あけびの蔓漉油芽に、野菜のアスパラ
  山菜と聞きますと、産地が故郷でもないのに、なぜか〝郷愁〟を感じるところがありますね。それを小林社長がわざわさお持ちくださったのです。ありがたいことです。
  楤芽と漉油はこれまでも口にすることがありました。でも、あけびの蔓は初めてでした。アスパラはスーパーなどでお馴染みですが、今日のは驚くようにあまくて美味しかったのです。さらに私は《山独活》がすっかり気に入りました。
  独活には、土の上に自生している野生の「山独活」と、穴の中で軟白栽培された「白独活」があります。
 「白独活」は江戸東京野菜として知られていますから、江戸ソバリ協会が展開しています『新・江戸蕎麦ごちそう帳』シリーズで林幸子先生が《立川独活冷やし蕎麦》を創作してくれたこともあり、おしゃれな装いで美味し蕎麦でした。
  しかし、今日の山独活は〝生かじり〟― 前味としての香り、本味としての歯応えと野趣味、そして後味の郷愁感、忘れられない味の一つに《山独活》が加わったことはまちがいありません。

☆豆腐の白味味噌漬け
  豆腐が好きなので、お店のお品書きにあれば、たいてい注文します。
  今日はいつもお世話になっていますHさんと一東菴の卓についていますが、当店には湯葉、豆腐の味噌漬け、豆腐の「大豆三点盛り」という逸品があります。
  なかでも《豆腐の味噌漬け》は美味しさにはうっとりしてしまいます。尋ねてみますと白味噌に1週間漬けるのだそうです。
  この「白味噌」と「一週間」というのがミソのようです。
 《豆腐の味噌漬け》というのは近ごろ目にします。でもたいてが塩気が強いのです。その点、当店のはそうではありません。多分「1週間」のせいだと思います。それにあま味があります。もともと大豆には仄かなあまさがあります。しかしこの逸品はそれ以上のあま味がするのです。といいましても糖分の甘さではありません。大豆のあまさと糖分の甘さの中間ぐらいのあま味が後味としてするのです。これは多分白味噌の優しさのせいだと思います。
 優しいあま味、忘れられない味の一つに《豆腐の白味味噌漬け》が加わったことはまちがいありません。
   もちろん、《蕎麦切》《蕎麦掻》《蕎麦湯》も他の逸品(鴨、天麩羅、鰊)も頂きました。蕎麦切は、長崎五島産、徳島祖谷産、長野南相木産、東京三芳産、群馬赤城産の五種です。
 しあわせです。ごちそうさまでした。

☆肥後グリーンメロン
  九州にいる姪がお中元を送ってきてくれました。
  彼女の弟、つまり私から見ると甥は、近頃福岡で蕎麦屋巡りをしているようです。
  ま、それはともかくとしまして、開けますと、大きな《肥後グリーンメロン》でした。見るからに高貴な形をしていて、目を奪われます。
  「○○日が食べ頃です」という説明書も入っていました。なので○○日まで台所の隅に置いておいて、その日になってから冷蔵庫に入れて、「もういいかい」という時間になって、庖丁を入れました。メロンもスイカも冷えた物が美味しいのですが、冷えすぎたら甘味が死にますので、頃合いが肝腎だと思います。そしてメロンもスイカも切り方は蕎麦と同じだと思います。つまり角が立つようにスパッと切った方が美味しいのです。これを〝切れ味〟というのでしょうか。きめ細かい果肉でした。口の中に緑の香りの味が広がります。香りが口に広がるのではなく、香りの味がするのです。ですから、香りを食べているような気がするのです。これは初めての体験でした。
  忘れられない味の一つに《肥後グリーンメロン》が加わったことはまちがいありません。  (続く)

〔エッセイスト ほし☆ひかる〕