第813話 駅蕎麦と食味審査

     

9回蕎麦食べ比べ大会 ―

☆駅蕎麦  
 令和4年10月28日、今日は蕎麦の食味審査を頼まれた。
  そのために朝の6時半に家を出た。某駅に着いたのは7時前だったが、実はこの駅で《駅蕎麦》を食べるつもりにしていた。
  理由は・・・、絶品料理には創造性がある。だから新しい仕事を着手する前には刺激的に役立つ。
  しかしながら今日のような食味審査をするときは絶品料理の後味は目前の料理の評価を邪魔する。
  この考え方から、食味テストの審査前には美味しくない蕎麦を食べておくのが、よい方法だということをいつのまにか学んでいた。そのために食べようというわけだ。もちろん駅蕎麦や立ち喰い蕎麦店でも、人気の店や美味しい蕎麦は幾つもあるが、誰かが「この駅の蕎麦店はうまくない」と言っていたから、今朝立ち寄る店としてはふさわしいと思った。ただし、これは蕎麦論ではなく、審査に臨む自分だけの覚悟であるが、それをまた公表することもないのかもしれない。
 さて、さっそくながら自動販売機のボタンを押して食券を買う。《かけ蕎麦》\240は今どきのお値段としては安すぎる。
  先ずは、汁を一口啜った。刺激に弱い早朝の舌に、汁の味が染み込んだ。そして蕎麦でもない饂飩でもない不思議な麺を摘まんで啜った。それを何回か繰り返して食べ終わった。一息つくと後味に化学調味料の味が残ったので、お冷やを一口飲んで、店を出た。少し寒い朝だったから、熱さだけがうまかった。
 目的地の駅の改札口で待ち合わせていた北川育子さん(江戸ソバリエ・ルシック)とタクシーで会場まで行った。今日の会で審査をするよう推薦してくれたのは北川さんや桑木正勝さん(江戸ソバリエ)たちだった。

☆食べ比べ大会
 会場の杉戸麵打愛好会小川道場(埼玉県)に着いた。
   10時、小川道場(館長:小川伊七)主催の第9回そば食べ比べ大会が始まった。
   参加選手は3組×8名の計24名。競技用のそば粉は北海道長沼産キタワセ、二八、40目と一定、ただし打ち方、道具などは自由ということになっている。だから、麺棒は三本も、一本も、エンボスの人もいるし、丸延しの人もいる。そうして選手は美味しいそばを打つことを目指して、打って、茹でて、食味審査に挑む。
  食味審査の方法は、基本的には蕎麦つゆなし、かつブラインドテスト方式で食味する。そのうえで1)予選として参加選手どうしの試食で本選出場者3名を選ぶ。  具体的には1組目の選手8名が打った蕎麦を2組の選手全員で審査する。2組目の蕎麦は3組の選手が、3組目の蕎麦は1組の選手が審査する。そうして選ばれた3名が本選へと進む。2)本選は特別審査員のほしひかる(江戸ソバリエ協会理事長)、平松一馬(北海道そば店「久蔵庵」店主)、中島敦実(小川道場)、小島潔(小川道場)、ならびに各組代表の3氏を加えた計7名の審査員によって行われた。
その結果、優勝者は梅山豊光様(栃木県:江戸ソバリエ)、準優勝に國定肇様(埼玉県)、山下和江様(埼玉県)に決定し、ほしひかる審査員から優勝記念品として、新米「コシヒカリ」とほしひかる著『新・みんなの蕎麦文化入門』が、そして準優勝者には平松一馬審査員より記念品「コシヒカリ」が贈呈された。
 
   美味しさというのは難しい。だからといって「人それぞれ」と言い切ってしまえば、料理科学の発展にも、食文化発展にもつながらない。だから今日のような大会も必要であると思う。
   なかでも蕎麦の食味は厄介だ。というのも一般的に美味しさとは、味覚によるところが大きい。つまり適度な七味(甘味・旨味・鹹味・酸味・苦味・渋味・辛味)を美味しいと感じる。しかしながら蕎麦は触覚が美味しさの前面に出ている。つまり、温かいから美味しい(温味)、冷たいから美味しい(涼味)、硬いから美味しい、柔らかいから美味しい、腰があるから美味しい、喉越しが美味しい・・・、ということを私たちは知っているが、それが人によって好きずきということになる。好きずきというのは性別、年齢、出身地などが微妙に影響している。だから審査員は弊害を抑えるために多い方がいい。
   ちなみに、本日の特別審査員7名の総合プロフィールは、女性1名・男性6名、50歳代1名・60歳代2名・70歳代4名、九州出身2名・中部出身2名・関東出身2名・北海道出身1名であるから、かかる審査員たちが選んだ優秀者ということになることも付け加えておかなければならないたろう。

 それにしても、大会というのは選手も、審査員も楽しいし、勉強になることばかりである。

〔江戸ソバリエ協会理事長 ほし☆ひかる〕