第886話 端午の節供、日・韓・中シンポジウムを!
江戸蕎麦にとって朝鮮の麺は兄貴分のようなところがあると思っている。だから、朝鮮の食には日ごろから大いに関心を寄せていた。
そんなとき、味の素食の文化センターから「朝鮮半島の食文化」のセミナーのお知らせをいただいたので、参加した。
講師は、守屋亜記子先生(女子栄養大学准教授)、朝倉敏夫先生(滋賀県平和祈念館館長、国立民族学博物館名誉教授)、林采成先生(立教大学教授)、ジョン・キョンファ先生(「KOREAN COOKING キョンファ・スタジオ」主宰)だった。
私の言う「江戸蕎麦の兄貴分」というのは、こういう意味だ。
江戸蕎麦の最大の特徴である二八蕎麦すなわちつなぎの技術は、1624~44年ごろ朝鮮から奈良東大寺へやって来た客僧元珍が教えたと伝えられている。それまでは短くて切れやすい蕎麦だったが、江戸の職人がその方法を取り入れて、長くてしかも細い江戸蕎麦に仕上げたためつるつると食べやすい蕎麦になったのである。加えてそのころ酷のある旨いつゆが開発されていたが、その江戸のつゆは朝鮮由来の白磁の猪口に黒白の美としてよく映え、粋な江戸蕎麦が完成したのである。
ただ先の元珍説は本山荻舟が唱えているが、証拠が明白でないと受け入れられていない。しかし会場から日本文化は中国伝来についてはよく研究されるが、朝鮮半島の影響についてはほとんど論じられないという声があった。まさにその通りで、たとえば栽培蕎麦は、中国大陸四川・雲南を発し、縄文晩期に対馬に渡来しているが、「朝鮮半島を経由して」の言葉だけで済まされて朝鮮の栽培蕎麦についてほとんど話題にされてないのが実情だ。
また、われわれは細いつるつる麺を全て「麺」とよんでいるが、中国派の人は「麺とは本来小麦粉で作ったものをいう。それを蕎麦まで麺という日本はおかしい」などとおかしなことを言う人がいるが、物事は伝播変化するものである。つるつる食を「麺」と言った先輩は朝鮮であるから、むしろその事実に注視すべきだと思う。
ところで、講演中に「基層文化」という言葉が出た。物事の伝播変化とは真逆の話であるが、重要で大きな問題だ。
たとえば、中・韓・日の食文化は、蕎麦も然りであるが、米、小麦、粟、黍、里芋、発酵食品、麺、箸、陶磁器を同じくする。これを東アジアの基層文化というのだろう。その一つひとつの歴史文化に入っていけば壮大な内容になるから、ここではとても手に負えそうにもない。
ただ一方では、中・韓・日で微妙にちがう物もある。中・韓二国は薬食同源思考が濃いが、日本はさほどでもない。なぜだろうと思うことがある。野菜の食べる量もちがう。韓国人1日400~500g食べるが、日本人1日350gは食べようと言ってもなかなか及ばないし、日本の野菜は高い。箸は中国は縦に置くが、日本は横に置く。韓国はどうかというと縦にも横にも置く。ただし匙は必ず内側に置くから、どちらかといえば匙文化中心なんだろう。また仏教圏でありながら、韓国は肉食であるところは日本と異なる。
異なるといえば、もうひとつ耳に残る言葉があった。それは「地域振興と食」ということであった。いわゆる「郷土食」の継続的保護活動の一種である面もある。この動きは今の日本でも見られるが、それは約20年前に日本に入ってきたイタリアのスローフード運動による地産地消に端を発するかと思うが、あっという間に日本の料理界に浸透していった。そもそもがなぜイタリアでこの運動が興ったかというと、古代イタリアは幾つもの都市国家からなっていたことから古代都市国家の独立性の血筋が今も生きているためではなかろうかと私は思っている。
ところが今日、朝鮮半島でもその傾向があるというのである。当半島には歳時風俗からいって、秋夕圏(チュソク:月暦八月十五日の中秋節)、端午圏(タノ:月暦五月五日)、複合圏の三地区に分けられるという。そして示された地図を眺めると、秋夕圏は古代百済国、端午圏は古代高句麗国、複合圏は古代新羅国と重なっているように見える。そのうえにかの国の人たちには60~70万人の在日韓国・朝鮮人がいる。ということは四地区の郷土があることになる。いずれも郷土食への思いは生半可ではないと想像する。
その点、日本の地方はかの国の古代ほどの独立性はないと。せいぜい西の京文化と東の江戸文化のちがいぐらいだろう。
しかし、そういう相違を踏まえても、東アジアには基層文化という概念はかならず存在する。たとえば先述の端午の節供の行事、ないし行事食のようなことである。
そこで、その比較研究のシンポジウム開催という企画もあるかと思う。ずっと以前に某テレビ局のプロデューサーに「日本・琉球・韓国・中国の宮廷料理」の制作はどうかと持ち掛けたことがあったが、「面白いけど、お金が罹り過ぎてスポンサーがつかないだろう」と言われたことがある。資金・・・、たしかにそうだろうと残念ながら納得せざるを得なかった。
しかし端午の節供の研究と行事食のシンポなら可能かもしれない。あるいは東アジアの正月行事等々、他にも考えられる。スポーツの祭典は盛んだ。それもいいけど、基層文化の祭典、とくに月暦で動いていた東アジアの人々の精神文化のシンポジウムが実現できないものか。その先には世界文化遺産登録の道もあるだろう、と夢想したりしている。
江戸ソバリエ協会理事長
農水省 和食文化継承リーダー
ほし☆ひかる