第900話 箸休め
北さんの馴染みだという、目黒駅前の「いいかげん」にソバリエの北さん、河さん、飯さんと行ってきた。私は隣のビルの久米桂一郎美術館へ行ったとき立ち寄って以来、十数年ぶりの訪問だった。
店主は、当時から手打ち蕎麦ブームの先駆け的な人だったから、当然お蕎麦も料理も美味しかった。
でも、今宵の一番は何といっても煤竹のお箸だった。前に来たときはそこまで思わなかったが、今宵はいままで出会ったお箸のなかで、細さ、長さ、軽さが最適だと感じた。それも料理を食べているときは、それほど意識することはなかったが、お蕎麦を摘んだとたん、具合が最高であることに驚いた。聞けば、京の茶筅職人の作だというが、お客さんとして見えた女優の深田恭子さんも気に入ってくれて、「売ってほしい」と言われたので、売り物じゃないからと特別に差し上げたら、ワインのコルク栓に目と蝶ネクタイとKYON FUKAといたずら書きのようにしてサインをしてくれたという。
一般的に、その人に合った箸というのは使う人の手の大きさ次第である。
しかし、家庭用の箸は自分の箸を決めることができるが、外食店さんはそうはいかない。もし蕎麦屋においても、箸を意識するとしたら、普通の料理のときと江戸蕎麦を啜るときとで使い分けが必要になってくるから、ますますそのようなことはやっておられない。というわけで、この店の箸はお蕎麦を中心に意識したのだろうと思ったりした。
目を移せば、中華麺などは大きめの丼に具や麺や汁がたくさん入っているから、箸は長くてやや重めのしっかりした箸である。
その点、日本の麺の代表の蕎麦、その蕎麦の代表である《ざる蕎麦》は、麺と汁を各々尊重していて別にしてある。摘むときは、先が細く、適度な長さと軽さの箸が望まれる。
という具合に箸から見ても日本人は繊細だと思う、というのが箸休めとして申上げたかったことである。
追記として、店に入ると高倉健さんの写真とサインがしてある駒板が飾ってある。われわれ世代の大スターだからねいやでも目をひく。
面白いのは、杏さんの年賀状だ。2010年寅歳,2012年辰歳,2013年巳歳,2014年馬歳,2016年申歳が並んでいた。何が面白いかというと、干支にちなんだ演出の絵葉書だからである。たとえば寅歳は「フーテンの寅さん」、辰歳は「ドラゴンボール」・・・、といった具合に。杏さんという人は面白い人だと思った。
もっと驚いたのは、世界のミュージシャンとご主人が一緒に映った写真がたくさんあることである。音楽史からいえば一種のオタカラであろう。
ほし☆ひかる