第90話 冨士には白ワインがよく似合う
「冨士には月見草がよく似合う」。
太宰治の名言に誘われてついつい下手な絵を描いてしまった。
【冨嶽百景☆ほしひかる絵】
そんなとき、幹書房の社長さんから山梨のワインを取材しないかと声をかけていただいた。
ところが私は、肝腎なお酒に強くない。代わりに酒の本質を、わるくいえばへリクツで、よくいえば感性的に、それもプロデュース的に観ることが得意だと勝手に思い込んでいる。
そんな私の一番気に入っているワインの見方は、映画監督の羽仁進が言っている「昼は白ワイン、夜は赤ワインがいい」という台詞である。ワインの本質を芸術的に表現した言葉として耳に残るが、「昼は白ワイン」と聞いただけで、陽光を浴びながら食を楽しむピクニックの光景が、「夜は赤ワイン」と聞けば、恋人どうしがムードある一流レストランで絶品の料理を食べながらグラスを寄せ合っている幸せそうな姿が見えてくるようである。
似たような台詞に「冬は赤味噌で仕立てた味噌汁、夏は白い味噌汁が旨い」というのがあるが、この言葉からも四季の温感がよく伝わってくる。
そんなとりとめもないことを思いながら、自分の拙稚な絵を見ていたら、「冨士には白ワイン、活火山には赤ワインが良く似合う」と呟いていた。ここまでくれば、もう言葉遊びの世界である・・・。
ま、そんなことから、ワインの取材に江戸ソバリエ&ワイン・エキスパート&元の職場が一緒だった岩武由花さんという、ワインがお似合いの美女に同行をお願いした。
ところで、ワインというのはとくに女性に好まれるように感じるが、なぜだろう。それはたぶん他のお酒とちがって色や香りを楽しめるからだろう。
ワイン・エキスパートの岩武由花さんもこう言う。「赤、白、ロゼの淡から濃の各々の輝きはよく宝石に例えられたり、香りはアロマやブーケと呼ばれ花やハーブのような華やかさを感じ取り楽しむことができる。またワインは素敵な料理と一緒に楽しめるお酒です。イタリ料理やフランス料理に限らず和食や中華など、どんな料理でも美味しく頂けます」。
その魅惑のワインは、世界の多くの国々で造られ、なかでもイタリア、フランスが半数近くを占めている。日本では30%近くのシェアをもつ甲州が中心地。理由は気候にある。夏冬、昼夜の温度差が大きく、年間通して雨が少ない、台風も来ない。甲府盆地は葡萄栽培にとって最適地だという。
そんなわけで、私たちは日本におけるワインの本場・山梨のワイン酒造組合を訪ねた。目的はお蕎麦に合うワインを教えてもらうことであった。お会いしたのは望月太(農学博士)さん。博士は、優しく丁寧に諭すように話された。「わが国には、白ワインは日本固有の土着品種の甲州種、赤ワインはマスカット・ベリーA種がある。それらで造るワインは白も赤も優しく、飲みやすい。だから和食によく合う」。そこで「日本蕎麦にワインは合いますか」と尋ねてみると、「山梨名物の[ほうとう]には甲州種の白ワインがよく合う」と即答された。「それは、[ほうとう]の汁である味噌と相性がいいからだろう。つまり甲州種の白ワインは、酢・味噌・醤油・鰹節・漬物・納豆などの日本型発酵食品と相性がいい。具体的には、辛口で、軽い、アルコール11~12%の優しい白ワインが和食をはじめ[ほうとう]などの麺類によく合う。だからお蕎麦にも合うはずです。」
「甲州種」は、「特徴のないのが特徴」とも言われているという。それだからこそ、“主”である料理を邪魔することなく引き立てるのである。なんとも日本人らしい優しい性質の白ワインではないか。
「幕末・明治以降の日本は〈酒偏重〉主義になっていたが、今はまた江戸時代同様に健康的な〈食中酒〉が見直されてきている」と言うと、「そうですね。〈料理+酒〉を健康的に楽しむ文化になってきています。そういう点では〝お蕎麦にワイン〟もなかなかいいではないですか!」。ワインを愛してやまないというお人柄がにじみ出ている望月さんは、そんな言葉で話を結ばれた。
さて、ここ山梨県地場センター「かいてらす」の1階には蔵コーナーがある。県のワイン酒造組合には80社が加入しているらしいが、そのうち約半数近くの会社の200銘柄以上のワインがズラリと並んでいる。もちろん試飲はできるし、販売もしている。私たちは蔵コーナーで、
(1)当然地元の甲州種を選び、
(2)ボトルの姿やラベルのデザインなど気に入ったものを手にし、
(3)試飲してから、自分好みのワインを購入した。
(4)それからマップを頼りに幾つかのワイナリーを訪ねてみた。
ワイン・エキスパートの岩武由花さんは、「この方法が、これからワインを勉強してみようという方にもお薦めだ」と教えてくれた。
締めくくりに、江戸ソバリエからご提案。「お蕎麦には日本産の白ワインを!」
参考:『静岡・山梨のうまい蕎麦83選』(幹書房)、蔵コーナー=甲府市東光寺3-13-25 山梨県地場センター「かいてらす」1階、大宰治「冨嶽百景」(新潮文庫)、羽仁進『ぼくのワイン・ストーリー』(中公文庫)、オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』(岩波文庫)、
〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員 ☆ ほしひかる〕