第646話《ヒマラヤの蕎麦掻》

     

~ こういうときこそ世界の蕎麦掻 ~

 「hanaラボ」を主宰している、やぎぬまともこさん(江戸ソバリエ)に誘われて、チベット料理の講習会に参加した。 行ってみると、ソバリエでは横山明子さん、宮本学さん、興津芳信さんが見えていたし、他にも顔見知りの方がおられた。講師はチベット料理「タシダレ」の店主。チベット人だけど、ネパール、インドで育ち、今は日本でチベット料理店を営んでいるという。作る料理は、①ビーフのモモ、②ベジタブルのツィツィ、③蕎麦掻だそうだ。

蕎麦掻は、チベットでは《センゴン》という。これにタマリンドの垂れか、ソース(トマトベース+チーズ+玉葱)を塗して食べる。写真の色の黒い方は大麦搔《ツァンパ》とよばれているもの。

モモというのは包むの意、ツィツィは鼠の形のように包むことからきているらしい。今日の実習は包み方だ。《モモ》は強力粉を捏ねたものを麺棒で平たく延して、牛粗挽肉、玉葱、セロリを包む。《ツィツィ》は人参、キャベツ、セロリ、自家製チーズを包。両方ともすでに塩味もついている。いわばチベット流の餃子だが、ただ包み方が餃子より難しい。

チベットやネパールなどのヒマラヤ地方は、肉はヤク、羊、山羊など。生乳、バター、チーズなどの乳製品はお得意だ。ただし、高地のため食材は豊富ではない。それゆえに料理の種類や味付けも少ないし、野菜や果物の種類は限られている。魚介類はほとんど食べない。そんなだから私には、包み方を工夫して、料理を楽しんでいるのかなと思えてくる。

さて、料理はできあがった。食卓は写真のように感染症予防策としてアクリルのガードを立ててある。その卓に、先ずはチベット人に欠かせないという《バター茶》が出た。中国の後発酵型の黒茶にヤクの乳脂肪と少しの塩で作るが、今日のミルクはヤクではないだろう。黒茶は中国で飲んだことがある。もちろんメインはビーフのモモ、ベジタブルのツィツィ、蕎麦掻、大麦搔だ。

講師は、ヒマラヤ一帯ではだいたい似たような料理だと言う。今日の蕎麦掻は、チベットでは《センゴン》だが、ネパールでは《パーパル・コ・ディロという。

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、明治32年、河口慧海という人がチベットへ修行に行く途中、ネパール北部のツァーラン村(標高3000-4000m)に滞在した。そこで咲き競う薄桃色の蕎麦の花に感動して作った歌があった。

あやしさに かほる風上 眺むれば  花の波立つ 雪の山里♪

この歌の景色を想像して描いた絵が別添である。

それから慧海は、村で「蕎麦の新芽を酸乳で塗し、白和えのようにして食べた」ことを記録している。蕎麦スプラウトをヨーグルトみたいなもので和えて食べるのだろうか。

これまでも私は、東アジア(日本・韓国・台湾・華南・華北・モンゴル)はとうぜんのこと、アジア全域(北・東南・南・中央)やヨーロッパの粉料理を少しだけ口にしてきた。たとえば《ラグマン》のことは第615、616話でご紹介した。また日本の焼餃子の元祖ではないかといわれるブリヤートの《ブーザ》やシベリヤ《ペリメニ》なども・・・。

それらを思い起すと、ⅰ.粉×茹でる、ⅱ.粉×焼く、ⅲ.麺×茹でる、ⅳ.麺×焼くという料理法でまとめられるだろう。

そんなわけで、今まで食べた粉料理を頭の中のマトリックスに入れてみれば、世界粉料理文化マップができるなと思ったりした。

茹でる 焼く

というわけで、やぎぬまともこさん、大変勉強になりました。

〔文・絵 ☆ 江戸ソバリエ協会 ほしひかる