第836話 日本イチの蕎麦会

      2023/03/24  

 東京駅9:03発の新幹線ひかり505号(N700系)に乗車した。
 駅構内は旅行者でごったがえ、ソバリエのともさんと利さんと真さんたちも無事に乗車したが席が違うために、静岡で下車してから合流することにした。
 駅前に立ったころ小雨が降り出してきた。ここからホテルの送迎バスに乗って、今日の「日本イチの蕎麦会」の会場である日本平ホテルへ向かった。つまらないことだが、「なぜ送迎なのか」、迎えてから送るのに、「なぜ迎送ではないのか」と思ったりするが、「出迎え3歩、見送り7歩」という言葉があるくらいだから、見送りに最大の感謝の気持を込めていることなのかもしれない。とにかくこのバスは山道を上っているはずだが、窓の外は雨にけむって景色はほとんど見えない。
 ホテルに着いて、蕎麦会の部屋に入ると、ちょうど「一東庵」の吉川さんが石臼を挽いているところだった。彼が、今日の会に誘ってくれたので、一東庵ファンの「とも&利」さんらに声をかけ、一緒にやって来たわけである。

 すぐに、蕎麦会は始まった。
 部屋の窓は、映画のスクリーンよりもっと大きかったが、残念ながら今日は窓ガラスが曇っていて何も見えない。
   静岡「たがた」の田形さんがこう話された。
   晴れた日には日本一のきれいな富士山が窓の外に広がっているから、「ここで、日本イチの蕎麦会をやるのが夢だった。幸い友人の吉川さん(東京「一東庵」)と桶谷さん(奈良「一如庵」)の協力があって今日実現できた」と。
 そうか、だから「日本イチの蕎麦会」なのかと納得したとき、三人合作の《蕎麦屋の前菜》が運ばれたきた。
 それから、三者の《蕎麦掻》が登場する。
  ・「たがた」は、静岡焼畑の井川在来に、井出塩(伊豆)、
  ・「一東庵」は、埼玉三芳の微粉に、浜御塩 藻塩(対馬)、 
  ・「一如庵」は、御所市金剛山産の信濃一号に、自凝雫塩(淡路島)、
  それに静岡梅ヶ島の山葵も添えてある。
  梅ヶ島というのは安倍川上流の地区らしいが、ご覧のとおり目に鮮やかで、あまくて驚くほど美味しい。すっかり気に入ってしまった。ただ塩の方は、正直いって、私にはその味の違いが分からない。それでも山葵も塩も、麺よりむしろ蕎麦掻によく合うと思う。
   続く料理は日本平ホテルの作成。《箱盛前菜》は、鮑旨煮・車海老・昆布巻き、鯛真砂子和え、胡麻豆腐、もずく酢、栗と丸十の旨煮。 
《お造里》は、本鮪・桜鯛・紋甲烏賊・帆立の四種盛りに、静岡山葵と芽物一式。
 《温物》は、京湯葉饅頭、蟹餡掛け、いくら、桜麩、青身。
  締めは、お待ちかねの《蕎麦》
 ・「一如庵」は、水府産常陸秋そばに北海道沼田産と広島比和産を合わせたもの。
 ・「一東庵」は、成田の上野さんの手刈、天日干しの蕎麦。
 ・「たがた」は、清水区湯沢の在来の蕎麦。
 東京の吉川さんの蕎麦は文句ない。だから私たちは追っかけでやって来た。奈良の桶谷さんの言う「奈良は三輪素麺の郷、だから細くて腰のあるのが麺」だという思いは麺の大事な原点だろう。
 そして、静岡の田形さんの“静岡愛”から、日本一の富士山を背景にした今日の「日本イチの蕎麦会」が実現した。田形さんは在来蕎麦と出会って、静岡在来に惚れこみ、使命感をもって「静岡在来ブランド化推進協議会」の代表として活躍している。彼の井川在来、湯沢の在来、梅ヶ島の山葵、井出塩という徹底ぶりは、すなわち「食材にこだわる+江戸式の蕎麦打ち」という形、それを私は「第Ⅳ世代の蕎麦」と称しているが、現代の、そしてこれからの蕎麦屋の方向性が感じられる。
 最後の《甘味》の琥珀ゼリーの余韻は、今日の夢の蕎麦会に相応しかった。

 再び、私たちは静岡駅に戻った。そして3名は東京へ、私は大阪へ向かうために静岡駅17:07発の新幹線ひかり519号(N700S)の座席に身を置いた。

《参考》
 第Ⅰ世代:江戸蕎麦 暖簾店の時代
 第Ⅱ世代:大衆蕎麦屋の時代
 第Ⅲ世代:ルネッサンス(ニューウェイブ)の時代
 第Ⅳ世代:創造する蕎麦屋の時代

〔江戸ソバリエ協会           ほし☆ひかる〕