第872話 映画『ポトフ 美食家と料理人』

     


   知人のフードジャーナリストKさんから「映像がきれい」と言って薦められ、映画『ポトフ 美食家と料理人 La Passion DE Dodin Bouffant』を観に行った。
 映画は、19世紀フランスの美食家ブリア=サヴァランをモデルにしたマルセル・ルーフの小説『La vie et la passion de Dodin Bouffant gourme美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』(1920年)を『ノルウェイの森』を手がけたトラン・アン・ユンが映画化したもの。
 『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』の方は読んでないが、サヴァランの『美味礼讃』は江戸ソバリエ認定事業を始めたころに読んでいたから、興味をもった。
 映像は、19世紀末のフランスの片田舎。森の中にある主人公ドダンの邸宅の野菜畑から始まる。そしてそれを料理する料理人ウージェニー、仲間とともに美食を探究するドダンの午餐会の場面が丁寧に描かれている。運ばれてくる目にもおいしい料理の監修は世界的な料理人ピエールガニェールだという
 フランス料理教室を開いておられる脇雅世先生(江戸ソバリエ)によると、新フランス料理の先端をいくピエール・ガニェールが、物語上の近代フランス料理をどう扱っているかが見ものとのことだったが、素人の私にはその差異観察はちょっと無理のよう。
 それでも、邸宅の主であるドダンは高名な美食家であり、食の文化を探究するガストロノミーの実践者。相棒の料理人ウージェニーは、抜群の料理センスと技でドダンが考案する献立に息を吹き込んでくれる。ともに美味しい料理に向き合って20年以上、一つ屋根の下に住む二人は男と女としても結びついているが、結婚はしていないという微妙な関係のゆえの料理芸術は、歯がゆさとともに伝わってくる。
  そういう二人だが、ついにドダンがウージェニーに求婚するために、誠心誠意自分で作った料理でウージェニーをもてなす場面には心打たれる。料理人としても、相棒としても、女性としても最大級の尊敬をもってもてなすところは、まるで少年のような純真さ。美味礼讃とは人間礼讃ではないかと思うときであった。
 だが、ウージェニーは突然の病でこの世を去る。とたんにドダンはまったくやる気を失ってしまう。心配した仲間たちがあの手この手で何とかしようとするが、ドダンがウージェーニーを失った悲しみは大きかった。。
 ほどなくして、ある少女が料理人になりたいと言ってドダンを訪ねてきた。  それは、亡きウージェニーが「あの娘の舌の感覚は天才的、料理人として育てたい」と言っていた少女だった。
 ドダンは再起した。
 生きているときも、死してもなお、ドダンはウージェニーに助けられたのだった。

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江戸ソバリエ協会 理事長
和食文化継承リーダー
ほし☆ひかる