第921話 広重ブルー

     

 原宿に太田記念美術館というのがある。私が住んでいる新大塚駅から地下鉄で三つ目だから、近い。その美術館で「広重ブルー」展が開催されているというので、行ってみた。そのうちに広重のことを書くつもりにしていたので、何かの参考になればと思ってのことだった。
 具体的にいえば、季刊誌『蕎麦春秋』に「蕎麦文学紀行」というエッセイを連載していて、本年冬号は、李孝石著の『蕎麦の花の頃』を取り上げ、その原稿はすでに書き上げていた。そこで次の、来春号では梶よう子著の『広重ぶるう』をと思っている。「ぶるう」というのはもちろん青のこと。当時は外国製の絵具で「べろ藍」と呼ばれた青であり、とくに広重と北斎が愛用した。
 広重は、このベろ藍で東都の空と水景を描くのを得意とした。
 こうして、生の版画を眼で見てみると、海、川、堀の水の深い藍色がカタログなどの印刷物とは違って生きて見えた。たとえれば、手打ち蕎麦と乾麺の違いに似ているのかもしれない。

 ただし、個人的には、広重の絵で一番魅かれるのは雨の景色である。
 『木曾街道六十九次』の「須原」、「中津川」、「垂井」、
 『東海道五十三次』の「庄野宿 白雨」、「土山宿 春之雨」、
 『名所江戸百景』の「昌平橋聖堂神田川」、「赤坂桐畑雨中夕けい」、大はしあたけの夕立」、「日本橋白雨」など、広重は雨にこだわっている節がある。
 このなかでは「大はし(大橋)あたけ(安宅)の夕立」には江戸っ子の粋を感じる。
   この雨と蕎麦の世界を粋という概念で書けないか。
 それが私のやりたいことである。
 今日ここで、並んだ広重の作品を観ていると、いずれも構図に切れがある。それは広重が何を描きたいかが定まっているからだということに気付かされた。
 私は、広重を観ながら文章もそうありたいと祈った。

 帰り際、表参道ヒルズで知人がハンバーガー「golden brown」をやっているのを思い出して立ち寄ることにした。ただ前もってご連絡してなかったので、社長の姿はなかった。なので、店員さんに「よろしく伝えて」とお願いして、注文した。
 ここのハンバーガーはおいしい。肉もチーズも良い物を使っているからだ。これとジンジャーエルの辛口はよく合うと思う。それに表参道はハンバーガーが似合っている。ただし江戸っ子広重と合うかどうかは疑問だが・・・。
 電車の中で、社長からメッセージが入った。「ありがとうございました。今日は目黒店に来ています」とのことだった。「またお会いしましょう」と返信した。

写真:広重「大はしあたけの夕立」(絵葉書)

江戸ソバリエ
ほし☆ひかる