第824話 経営者は本を出しなさい

     

 これまで多数の本を上梓し、また知人の出版に数多くご協力してきたが。こうしたとき、自著や関係した本を自ら宣伝することは少なかった。
 しかし、ある年、ある会で、出版プロデューサーのY氏の話を聞く機会があった。話というのは、一言でいえば「経営者は本を出しなさい」ということだった、 出版のプロデュースが仕事なのだから、そう言うのは当然だろうと言ってしまえばそれまでだが、経営者なら、考え方、方向性、将来について語り、文字にし、広く分かってもらわなければ経営者の資格はない、というわけだ。
  別談として、かつて「ビジネスが下手な日本人」という話を聞いたことがある。
  日本人は、自社の社長が講演をするとき、幹部たちは部屋の外に出てしまうことが多々ある。理由を訊くと、社長のことは話を聞かなくてもよく分かっている。それより今のうちに電話をしたり雑務をこなさなければならないことが山ほどある、と言う。
  しかし、それは違うでしょう。何も分かっていないですね、ということだった。
  今日の講演会は社員のためのものではなく、会場の皆さんに自社を分かってもらうための講演会であるはずだ。だったら社長の講演の場にいて、率先して拍手したりして社長と一丸となって、世間様に自社を分かってもらうことに努めることが、幹部の役割だろうということになる。
  Y氏の話を聞いて私は、事例はちがうが、「分かってもらう」ということではこれと同じだと思った。
  Yさんの話を聞いたのはちょうど、『新・みんなの蕎麦文化入門 ~ お江戸育ちの日本蕎麦 ~』の校正をすすめているころだった。題名もまだ『新・みんなの蕎麦文化入門』としかしていなかった。そこで私は、江戸ソバリ協会として言いたいことを題にすべきだと思ったから、自著の副題を『お江戸育ちの日本蕎麦』とかることにした。
  それから上梓後は、それを広く分かっていただくために、Yさんの「話しなさい、売りなさいを心掛けた。自分が先頭に立たなければ、栄えある△△賞などをもらったわけでもないのに、誰も注目してくれませんよ、というわけだ。
 そうしたとき、すぐに稲澤さんが江戸ソバリエの「江戸(旧寺方)蕎麦研究会でこの本を、連続解説会を開いたら」と提案された。そのため「話しなさい、売りなさい」の口火を切ることができた。
  以来、地道ながら、その努力を続けているが、真面目に取り組んで、一番効を得るのは自分だろう。話して、書いていると、さらに物の見方が広がってくるからか、次の課題が見えてきた。
   それが『小説から読み解く和食文化 ~ 月の裏側の美味しさの秘密 ~』である。 
   主張の前提は、麺も和食である。 
  主張したいことは、月の裏側=日本独自の美味基準についてであった。
  方法は、われ考える、ゆえにわれ在り」(科学系)ではなく「「われ感じる、ゆえにわれ在り」(文科系=小説)で、思索してみた。
  理由は、この度のコロナ対策で国や都の政治家が、科学の欠片もうかがえない現状にも関わらず、「エビデンス、エビデンス・・・」と叫ぶ姿を見て、「日本に科学的土壌はない」と感じたからである。

  それより問題は、月の裏側のわれらの和食は、将来どういう具合に発展していくだろうか、ということである。

〔江戸ソバリエ協会 理事長 ほし☆ひかる〕