第583話 日本の《赤城ポークのとんかつ》

     

~ 最近、美味しかったもの ~

 縁あって、仲間と「じゅうろく」という蕎麦屋を訪ねた。場所は浅草、馴染みの「大黒屋蕎亭」さんを通り過ぎるのが心苦しい。
お店は、私たちから見れば、娘よりもっと若くて可愛らしい女将に、しっかりした兄さんみたいな大将のコンビが人気で、早い時間から満席だった。
全国から取り寄せた魚、肉、野菜を使ったどの肴も素晴らしく、わけても赤城ポークの《とんかつ》は絶品だった。
「ここはホントに蕎麦屋かい?」と冗談を言いながら噛みつくと、適度に締まった肉に保水性もあるから、さっぱりして美味しい。近頃は「赤城=豚」というイメージがけっこう定着しているようだが、何でも植物性の飼料に徹底して育てるらしい。これについては、また機会があったら述べることもあるかもしれないが、とにかくこんなに美味しいポークとは思わなかった。たぶん、食材ばかりではなく、大将の揚げ方にもコツがあるのだろう。
そういえば、CNNの「外国人が好きな日本の食べ物」調査では、《とんかつ》が一位になっていた。
アンケートの中には《手打ち蕎麦》も上位に入っているが、蕎麦の場合「手打ち・・・」となっているところがミソだ。外国人が好きだからといって左右されることもないが、「手打ち」がNIPPON文化だととらえられていることを認識した方がいいと思う。
《とんかつ》もそうだろう。単純に「外国人は油モノが好きだ」では済ませられないところがある。
欧米の肉料理は、骨付きか、薄く切ってあるか、が多い。ところが日本はこの《とんかつ》のように骨はない、肉は厚い。
その違いはどこからくるかというと、日本ではたっぷりの油の中で揚げるというやり方だから厚い肉でも火が通るというわけだ。対して欧米は油をひいて焼くから薄い肉でないと火が通らない。
日本の油たっぷりというのはたっぷりの水で煮るという料理法の転用であり、それは古代の縄文土器で煮ていたことに由来する日本の古食慣習からきている。
こうして日本の《とんかつ》が生まれたのであるが、外国人はそこにもNIPPON文化を感じたのだと思う。
さて、最後の締めはとうぜん蕎麦であるが、大将の「コンビニから取り寄せたうちの蕎麦はいかがでしたか」というユーモアもなかなかいい味だった。
帰りに商店街を歩いていると「粋種」という小料理屋があった。「いきだね」と読むらしい。 やっぱりここは浅草だと思った。

〔文・写真 ☆ エッセイスト ほしひかる