第396話 蕎麦は啜るとなぜ美味しい
ラジオ局から「蕎麦を啜って食べるのは、どうして?」という質問があった。
回答としては、こういえるだろう。
そもそも、
1.美味しさは=主として香り+味で決まり、特に香りによって味は変わる。その証拠に風邪で鼻が詰まると美味しくない。
2.香りと味は、脳の「眼窩前頭皮質」で認知される。
3.食べ物は啜って食べると、鼻腔に空気を取り込み、香りが脳に達するが、モグモグ食べると空気を取り込まないから、香りは脳にはいかない。
そこでお蕎麦だが、、
4.お蕎麦は香りの食べ物である。
5.よって香りの食べ物であるお蕎麦は、啜って食べた方が美味しいということになる。
も少し付け加えれば、蕎麦の香りについては、茨城キリスト教大学の川上先生の分析によると、若葉・茸・バニラ・バラなど119種類の香りをもつという。
対して、小麦粉はどうかというと、その分析例は少ない。理由は香りが少ないために分析意欲があまりわかないかららしい。
それから、啜ると香りが鼻腔に吸い込まれることは、神戸松蔭女子学院大学坂井先生が実験済である。
それにしても、なぜ日本人は啜ることができるのか?
その理由の一つは生活習慣からであろう。
遠い奈良・平安時代はイザ知らず。鎌倉時代から明治・大正時代まで約900年間の、日本人の食べる姿を想像してほしい。
・和服の袖が長い。
・日本人は、箸だけで食べる。
よって、食器を手にしないと長い袖が汚れてしまう。
そして、食器に手をしたものの、箸だけで食べているので、食器と口の距離が近くなる。だから、汁や麺類は啜るようになった。
さらにいえば、
・日本列島は湿気が多い。
乾燥した空気では30%しか香りを感じないが、湿度が高いと80%香りを感じる研究発表があるという。
よって、多湿の民族は、香りに敏感になった。
そんな日本人だから、啜って食べてみたら、香りを吸って、より美味しさを感じた。言い換えれば、遺伝子に組込まれているわけである。
トまあ、そんな理屈は抜きにして、江戸ッ子は「うどん3本、蕎麦6本」と言って、太いうどんは噛んで、細い蕎麦は啜って食べていた。
それを受けて、夏目漱石も「蕎麦は、噛んじゃいけない。つるつると咽喉を滑らせる」と『吾輩ハ猫デアル』の中で述べている。
そんなことが分かってもらえているせいか、近ごろ訪れる外国の人も箸を使い、上手に啜って食べるようになった。
《参考》
・文化放送「福井謙二のグッモニ」(昭和28年12月27日)
〔文 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕
〔「招猫」 阿部孝雄:作〕