第734話 謎のトーテム崇拝族

     

~秘境中国 謎の民 リス・蕎麦氏族~

   先日の『秘境中国 謎の民』ではシャーマンが活躍していた。といっても、たまに耳にするような、シャーマンがトランス状態に入って霊と交信するというようなことではなく、世話役の家系の人が村の祭りや行事において取り仕切る姿であった。
  多民族国家中国は宗教も多様である。たとえば私たちが旅行中、見聞きしただけでも、四川省の回族などはイスラム教、北方のモンゴル族やチベット族はラマ教、タイ族などは小乗仏教、あるいは他の民族はキリスト教、カトリック教、ロシア正教もあるらしい。まさに多宗教国家である。
  しかし、ここでわれわれが「蕎麦栽培を始めた人たちは誰か?」という課題を設けるとしたら、こうした新らしい宗教より、むしろ彼らの習俗に今も生きている原始宗教のことを考慮しなければならないのではと思った。
  そこで、さっそく中国少数民族に関する本を片っ端から読み漁ってみた。しかしながら、確かに各種族はシャーマニズム祖霊信仰アニミズム・・・などの原始宗教に依存しているが、原始宗教というのは複雑でそれら全てを併せもったところがあるから、なかなか理解が難しい。
  そんなところに『中国少数民族の信仰と習俗』という書に面白い記述があった。彼らの原始宗教のなかにトーテム崇拝に依存している種族がいるというのである。トーテムというのは、特定の集団に宗教的に結びつけられた野生の動植物などの象徴のことである。だからトーテムという具体的な対象があるから分かりやすいと思った。
  『中国少数民族の信仰と習俗』によると、朝鮮族、オロチョン族、シェー族は熊、虎、鶏、犬などを信仰の対象にしているのだという。たとえば、朝鮮族は熊が祖先だという風に。またイ族は各家によってトーテムが違い、そしてリス族は各氏族によってそれぞれのトーテムだという。具体的には、虎、熊、猿、羊、蛇、鳥、魚、鶏、蜜蜂、麻、菜、竹、霜、鋤、船、火、そして蕎麦である。これには驚いた。蕎麦をトーテムとしている人たちがいるのである。彼らの始祖が蕎麦を食べて妊娠し、生まれた子供が蕎麦氏族の祖先であるという。要するに、ある種の動植物やその他の自然現象を自分たちの祖先として神秘化し、トーテム崇拝として宗教化しているわけであるが、それが蕎麦なら、まんざら蕎麦栽培を始めた民、またはそれに近い人たちと考えてもおかしくないだろう。
  ただ、リス族は現在怒江に住んでいる。つまり大西先生の蕎麦栽培起原地とは離れている。しかし少数民族の人たちは移動する。何事も歴史を見なければならない。ついでながら、彼らは文字をもっているとよくいわれるが、たしかに大昔はほんの一部の人だけそうだったらしいが、現在リス族が使っているリス文字は現代の宣教師が作ってくれた文字であるから、注意しないといけない。それはともかく、彼らのルーツを調べてみると、リス族が当地にやって来たのは16世紀中ごろ、圧迫から逃れてのことである。それまでは金沙江に8世紀以前から住んでいたという。大西先生の栽培蕎麦起原説は金沙江(長江上流)瀾滄江(メコン川上流)の二江の峡谷である。
  しかし、蕎麦栽培が始まったのは5000年前、リス族がいたのは8世紀以前である。
  先述のルーモ人のシャーマンは800年前にモンゴル兵と戦った戦士になって、病魔を退散させる。民族の記憶は約1000年は続くということの証明である。
  では、近くて遠いリス蕎麦氏族の神話をどう理解すればいいのだろう。つぎの課題である。

写真
貴陽民族博物館、貴州で出会った母子

参考:
*NHK『秘境中国 謎の民』
*覃光弘編著・王汝瀾訳の『中国少数民族の信仰と習俗』(上・下)
*別冊『新・みんなの蕎麦文化入門』シリーズ
 ・734話 謎のトーテム崇拝族 ー リス・蕎麦氏族
 ・733話   少数民族の空き家
 ・730話 世界蕎麦 地球蕎麦

〔江戸ソバリエ北京プロジェクト ほし☆ひかる〕