第79話 聖母と柘榴
☆紀元前の説話 ― 鬼子母神と柘榴
鬼子母神で有名な雑司ヶ谷には江戸時代、藪蕎麦があったという。言い方を変えれば、藪蕎麦発祥の地とも言い伝えられている。
その鬼子母神堂の裏手に時折たずねる蕎麦屋さんがある。一茶庵系の「和邑」という店で着物姿の女将さんが雑司ヶ谷という地域によく合っている。
お蕎麦を食べたあと、だいたい鬼子母神にお参りして帰るが、今日は絵馬を買った。柘榴の絵馬だった。
なぜ絵馬が柘榴かといえば・・・・・・、こういう説話が紀元前から伝えられている。
~ 子供を食べる鬼神「可梨帝母」がいて、皆困っていた。それを耳にしたお釈迦様は、柘榴の実を可梨帝母に与え、これからは人肉を食べないようにと約束させた。可梨帝母はお釈迦様との約束をよく守ったため、お釈迦様は可梨帝母に子育ての神様「鬼子母神」となることをお許しになった。~
以来、鬼子母神には柘榴が付き物になったのである。
☆中世の絵画 ―「聖母子」に描かれたザクロ
そういえば、西洋の中世絵画にはよく「聖母子」が題材にされており、そこには果実も描かれている。
たとえば、
*ボッティチェリ「マニフィカトの聖母」(1483-85ごろ) ― ザクロ
*ハンス・メムリンク「聖母子」(1487) ― リンゴ
*サンドロ・ボッティチェリ「ザクロの聖母子」(1487年ごろ) ― ザクロ
*ジェローラモ・リーブリ「聖アンナと聖母子」(1510-18) ― レモン
*ティツィアーノ「サクランボの聖母」(1516-18) ― サクランボ
*ルーカス・クラーナハ「聖母子」(16世紀前半) ― ブドウ&リンゴ
といった具合である。
キリスト教では、リンゴは贖罪と救済、ザクロはキリストの受難、レモンは愛への忠誠、サクランボは天国の果実、ブドウ酒はキリストの血の象徴だというらしいが、ここで興味をひくのはザクロである。
それにしても、東洋の鬼子母神も西洋の聖母マリアも、なぜ柘榴を手にしているのだろうか?
☆21世紀のエピソード ― 赤いザクロ
そんなことを考えているころ、「読書感想画コンクール」の最優秀賞の絵が新聞(H23.2.25)に掲載されているのを見た。
画の題名は「赤いザクロ」、題名通りに赤いザクロと女子の顔が抽象的に描いてあった。受賞者はF.A.さんという女子高校生、読書対象の本は帚木蓬生氏の『ソルハ』、であった。
小説の粗筋は、アフガニスタンのタリバン圧政下、女性の学問が禁止されているなかで、密かに勉強を続ける少女の物語である。
だから受賞者は、そのひたむきさが平和につながってほしいと祈りながら、アフガニスタンの特産物である赤いザクロを平和の証として描いたという。
「あとがき」に作者の帚木さんは、「アフガニスタンのザクロは、赤ん坊の顔くらいの大きさで、日本の柘榴よりもっと赤く、瑞々しい」と書いていた。
私は、女子高校生のF.A.さんがザクロを選んだ点が興味深かった。そして、「聖母とザクロの伝承は今も続いている」と思った。
参考:雑司ヶ谷鬼子母神、レイ・タナヒル『美食のギャラリー』(八坂書房)、帚木蓬生『ソルハ』(あかね書房)
〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕