第213話 知的料理術

     

蕎麦膳 》十四 

 梅棹忠夫の『知的生産の技術』という新書がベストセラーになった昭和44年ごろ、何でも彼でも「知的」という冠がついていたことがあった。

 しかし、林幸子先生の今日の料理 《早稲田茗荷御膳》は、文句なく「知的料理術」といってもいいと思った。

早稲田茗荷 ☆ ほし絵】

 今日の江戸蕎麦料理研究会のテーマは「早稲田茗荷」であった。

 茗荷・・・・・・! 生姜、大根、葱、山葵、紫蘇とともに「薬味」の代表である。

 薬味をかたく定義すれば、1)日本産のモノを、2)生のままで、3)食べる直前に切って使う、ということになるだろう。しかしながら、絶対なければならないというものでもなく、あれば風味、食味を助けてくれるという不思議な役割を果たしてくれる。

 そんな薬味のことを、絵も描く蕎麦仲間と話していると「薬味は絵の影のようなもの」という話になることがある。

 どういうことかというと、絵描き法には平面描法と立体描法があり、立体の場合は必ず影を描く。影がなければ立体物が宙に浮いたように不安定な絵になるからである。

 たまに、私もいたずら描きすることもあるが、私の場合はイラストていどだから、影を付けることは少ない。代わりに、何が主役で、何が脇役か、明確にする。そうしないとつまらない絵になることが多く、また色を塗る順番もそれによって決まってくるからである。

 主役不在や無秩序な描き方は、実は組織論やリーダーシップ論にもつながってくる。主役不明の下手な絵は、船頭多くして混乱を招くグループにも似ている。だから、主役、脇役の選定は大事である。

 しかしながら、食材たちは生まれながらに主役、脇役を背負っているわけではない。であるのに、薬味たちはいつも「お前は脇役だ」と言われ続けてきた。まるで、封建時代の長男と次男の関係のように宿命的に格差を強いられてきた。

  ところで、林幸子先生の今日のお料理はご覧の通りだ。

 一、茗荷、柿、生ハム前菜 

 一、茗荷ドレッシングのサラダ

 一、茗荷味噌漬

 一、茗荷とチーズのフライ 味噌風味

 一、茗荷蕎麦寿司

 一、茗荷牡蠣蕎麦 煮干し出汁

 いずれも、まちがいなく美味しかった。しかも、茗荷が大好きな林先生は優しい母親のように茗荷に向かって、こう言い聞かせる。「お前だって主役になれるんだよ」と。言い聞かせるといっても言葉ではない。料理によって、言い聞かせるのである。

 たとえば、《茗荷とチーズのフライ 味噌風味》では、強い味噌風味をつけて訴求力の強いフライにすることによって茗荷を主役へと引き立てる。加えてカットされた断面からは主役になった茗荷の顔がしっかり見える。

 《茗荷蕎麦寿司》は蕎麦と茗荷を蕎麦の量に負けないくらい入れて、さらに穴子焼きを挟むことによって蕎麦を抑えつつ、茗荷を立てる。

 《茗荷牡蠣蕎麦》では、鰹出汁ではなくて煮干し出汁にして、蕎麦が前面に出ることを抑え、一方では茗荷を山のようにトッピングする。

 「どうだ」といわれているみたいに、発想はダイナミックだ。なのに風味、食味は〝和〟であった。

 人は、優秀な人に接すれば何かしら刺激をうけることがある。

 林先生の料理を口にしたとき、頭に火花が散るのもそれだろう。それは林先生の料理に「知的」な提案があるからである。

参考:《 蕎麦膳 》シリーズ(第206、205、204、190、189、180、176、171、170、166、157、154、153、150話)

林幸子お料理シリーズ(213 知的料理術、206 美味しい勉強会、205 江戸蕎麦料理-夏の章、190 江戸蕎麦料理-春の章、176 江戸蕎麦料理-冬の章)、

〔江戸ソバリエ認定委員長、エッセイスト ☆ ほしひかる