第582話 「洲さき」の《天魚巻繊焼》
~ 最近、美味しかった物 ~
飛騨、越前、加賀、信州など旧国名が現代でも日常的に通用している県がある。それにはそれにふさわしい文化があるのだと思う。
そのうちの飛騨高山に和食文化国民会議の皆さんたちと旅をした。
当地は、朴葉寿司、飛騨紅蕪の漬物、飛騨牛、お米・・・など食の誘惑に満ちた所であるが、近ごろは長野・新潟と共に米どころとして評価が高いらしい。いずれも標高600mで、寒暖の差があり、水清らかな所だと日本一の米を作り出した野口さんが自分の水田を前にして説明してくれた。その後に試食会が行われたが、たしかに飛騨の米はあま味があって美味しかった。
加えれば、米どころは漬物もうまい。朝早く起きた皆さんは高山陣屋前の朝市で漬物などを一杯買い込んで、ホテルに戻って来た。
そんな具合で食の話題はたくさんだが、わけても「洲さき」の宗和流本膳料理は飛騨のご馳走の目玉だろう。お店の創業は寛政六年(1794年)、岐阜県下で最も古い料亭として名高い。
玄関を入ると静かな囲炉裏が目を引くが、格子窓や座敷の御簾の幾何学模様の設えが知的である。
宴の膳は春慶塗。全国漆器は数多くあるが、春慶塗は絵柄がないのに明るい柿色をした漆だから一目で判る。その膳を和服の女性が恭しく運んでくれる。まるで殿様になったような気分である。
御献立は、吸物、生盛膾、小平、猪口、紙敷、丼、丼、丼、留皿、飯と続くが、いずれも厳格な美味しさがある。
飛騨の【厳格な味】とは、山国らしく鹹味由来の味覚ではあるが、だからといって簡単に「塩っぱい」と片付けられないところがある。小藩といえども城下町の武家文化の厳格さと、「姫宗和」とよばれる雅さとを併せもった風格のある味覚であると思う。
なかでも最高だと思ったのは《天魚巻繊焼》だった。天魚という小さな魚に巻繊を詰めて焼いてある。ふわりとした口当たりが優しく、忘れられない味だった。
よく、「天魚は、太平洋へ下りて五月鱒となる。山女は、日本海に下りて桜鱒となる。岩魚と鮎は、川のまま」というが、山国は山女、天魚、岩魚、鮎などの川魚が豊富だ。それを上手く料理してある。
リーダーとしてご参加された日本一の料理人である「菊乃井」の村田先生が言われるには「飛騨料理の食材は山菜と川魚という馴染みの物だけど、手間をかけた料理だ」と褒められる。
日本の魚料理は刺身か、煮るか、焼くのが一般的だろうが、この《天魚巻繊焼》は工夫と手間がかかっている。そこが美味しさの秘密になっている。
しかしながら、逸品だけを指して「今までで一番美味しかった蕎麦、鰻、天麩羅、寿司」式の絶賛の仕方はいかにも単品料理の江戸流だ。西日本の食文化には、それでは表現できないところがある。知的な建物、武家流のお持て成し、宗和好みの器、厳格な味・・・は総合藝術だ。当地は西日本とはいえないが、姫宗和に見られるように京の公家文化の影響は大きい。
それを司馬遼太郎は【飛騨美学】と言った。さすがに上手いことを言ったものだが、そこが司馬美学の目でもあるだろう。
〔文 ☆ 江戸ソバリエ協会 理事長 ほしひかる〕
写真:洲さきの格子戸、天魚巻繊焼