第906話 木桶醤油

      2024/07/26  

 江戸(旧寺方)蕎麦研究会の人から勧められ、渋谷ヒカリエで開かれていた「職人醤油の会」に行ってみた。
 驚いたことに、職人醤油の会の人たちは皆さん若くて熱気があり、それだけでも将来性を感じた。
 そして彼らには「木桶醤油復活プロジェクト」というのがある。
 木桶に使われることの多い杉の木材の表面を拡大すると無数の小さな穴があり、発酵の主人公である微生物が住み着いているらしい。このことから「桶は生きている」と言う。
 また、そこに住み着く微生物は、その蔵元特有の生態系をつくり、百年を超える歴史の積み重ねている。それゆえにその蔵元にしか出せない味があると言われている。
 桶仕込みの多くは春夏秋冬の温度変化に応じて発酵をする天然醸造。最低でも一年、長いものだと三年の時間を要する。時間がつくりあげる味わいがあるというわけだ。これを小生は拙著『小説から読み解く和食文化』で、「時間の料理」と名付けた。

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 しかしながら、日本全国で木桶醤油は1%にも満たない。
 そこで彼らは、逆転の発想をして、まだまだ伸び代があると判断し、復活プロジェクトが発足させた。しかもマーケットは海外。
 そもそもが食べ物というのは、日本国内では経験的先入観があって、判断するときは「好きか、嫌い」が基準となる。しかしそれだと現在以上の伸びはあまり期待できない。その点、海外は「知らなかった」「もっと知りたい」という手応えがある。どう認識されるかによって伸び代があるというわけだ。

 ただし、食文化の目からは注意点もあるだろう。
 初歩的ではあるが、この日配付されていたされた別表のような淡口、甘口、濃口醤油を並べて全醤油を説明されることは必要だと思う。仮に元気のよい一醸造店が自前の醤油だけを売り込んだとすると、それがあたかも日本の醤油の 代表と受け取られることが多々あることに、本部機構の方は目を光らせておいてほしい。

 蕎麦界でも、かつて地方の某蕎麦を海外でご披露した人たちがいた。現地の人はそれが日本の蕎麦だと受け取って、日本にやって来たとき「あの蕎麦を食べたい」と探したが、なかったという例があったりした。
 よって私は、海外遠征には正しい戦略が必要だと考えている。

 ともあれ、彼らを見ていて、蕎麦界におけるニューウェーブ時代と似た現象だと思った。
 かつて北区滝野川に「藪忠」という名店があった。彼は「蕎麦はなぜ江戸に還らぬか」と世間の駄蕎麦傾向を嘆いていた。彼に弟子入りした後の「一茶庵」店主は、その思想を受け継いで「蕎聖」とよばれるほどになった。そしてその蕎聖の弟子になった人たちが、高度成長期ごろ活躍して、手打ち蕎麦ブームを起こした。蕎麦界は彼らのことを「ニューウェーブ」といった。
 歴史は過去に戻してはならないが、現在が間違っているときは過去を参考に前にすすめなければならない。
 1%という数字は弱いが、3~4%になれば社会は動くことがこれまでに多々あった。

 江戸ソバエ協会
 ほし☆ひかる